Byakko Oriental Medical Office

🔴「コロナ肺炎は怖くない 」                           

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コロナ肺炎に苦しむ方、高熱、のどの痛み、味覚・嗅覚、倦怠感などに苦しむ方、大歓迎!治療後に上記の辛さが取れるのは喜びです。通常、2. 3 回治療によって完治します。 それも、一切の薬物不要。 これが可能である事には、次のような哲理があります。

【私の病理観

1. 現代医療の薬やワクチンや点滴等の摂取(取り込み)医療」でなく、逆の「排泄(はいせつ)医療」です。これに徹すると、殆ど全ての病気が治ります。同一人の複数の病気も治ります。

2. 1つの病気が治っても意味がありません。同一人の全ての病気が、同時に数回治療で治る「全人的医療」が当院で実現されている。

癌の様々な治療法がTVでも紹介されているが、癌患者は通常、他に複数の病気を持っています。癌治療だけでは、全体が改善せず健康にならないし、癌の治りも悪く、癌を除去しても再発し易いのは当然です

癌患者に癌治療だけをするのは完全に間違い。コロナ肺炎治療も同じ。コロナウイルスだけをやっつけようとする考え方が間違いです。そもそも、コロナウイルスが、コロナウイルスだけでは存在していないからです→『新しい医道の樹立に向かって』

「排泄医療」による全人的医療と医療事故と医療費が激減する。

こんにち、医療事故はやまず、医療費の膨張が「国の破綻の危機」をもたらしているが、最大の問題は、薬、ワクチン、点滴、輸血などの「取り込み医療」にある。人は間違いをするものであり、「摂取」には間違いが伴うもの。また、「摂取医療」には多額のお金がつきまとう。暴利もからみやすい。

こうした事には「人の強欲」がからんでいる。多くの患者が「取り込む事」によってよくなると錯覚し、過剰な期待を寄せがち。製薬会社や病院ももうかる。入院患者に点滴をするだけで、一ヶ月何百万円ものお金が動いている事を多くの国民が知らなすぎます。

健康保険制度の高額養療の手続きによって入院患者負担が軽くなるので、多くの国民が全体の医療費に無関心になりがちで、無知を生み、恐ろしい。今の健康保険制度が「たかりの温床」になり、皆さんの家計を圧迫し、国をも破壊する恐れが出てきました。

近年、現代病院医療を批判する医師が増えていて様々な本になっているが、健康保険制度と医療費の問題に切り込む医師が意外に少ないのが気になります。「排泄医療」こそが医療事故と医療費問題、そして膨大な社会保障費を根本から解決する要(かなめ)です。

一人の患者さんが、1つの病気というのはめったにない。通常5つ位の病気を持っています。当院では、10~20もの症状を訴える方が多い。あちこち回ってダメな方が来られるので、ひどい方が多い。当院では、一度に全ての治療にあたっています。殆ど全ての病気が、数回(2〜9回)治療によって同時的に治癒しています。これも排泄医療によって可能→「適応症」
3. 内臓の徹底治療で良い血液をつくり、コロナウィルスを殺すのではなく体外へ出す、出ていってもらう。カップ治療(吸玉療法)が分かりやすい。悪いものが色や水泡になって出ます。これで排泄されてcleaning。OK。

4. 私ども、仕事と研究にあたる際、根底に仏教の「空」と老子、荘子の「無」の思想、M. ブーバーの「関係の哲理」を根底に置いている。その上に東西の両医学をのせて周囲を諸学問で囲む。頂点に竜樹(りゅうじゅ)と I. カントと E. フッサールの認識論をすえて、自己検証しながら、音楽と共に天に向かい地に降りる。天と地の激しい同時的往来の只中に、突破と超越による「不思議が生まれます。

分別知(ふんべつち、分析知)を超えた無分別智が生まれます。日本が世界に貢献出来る最高のもの、それは「無分別智による不思議の文化」→病名も病気の細かい区分けや分類も不要。詳細は→『理念。根源的関係の病理観と空の医療』No1.No2をご覧下さい。

5. コロナ肺炎は、検査で判明するので(問題あるが)、神経痛、うつ病や耳鳴りや難聴、痛みやしびれ等の治療より遥かにやり易い。

6. 一般常識とは次元が違うので理解しにくいと思いますが、私共の祈りと方向性をご理解戴けると有り難い。従来の医療の常識と異なる 。 だからこそ、万病とコロナ肺炎完治が可能なのです。従来の医療の常識と同じ次元ならば、このHPの全てが成り立たず、虚構となり、崩壊します

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従来の医療の専門家について
1. こんにち、医療の細分化がいっそう進み、診療科目が増え続け、大病院も大学病院も専門家であふれている。頭脳明晰な方がたくさんいて必死に努力している。高価な医療器具がそろっている。しかし、私達の最も身近な病気である多くの各種神経痛やしびれ、耳鳴り、難聴が殆どお手上げ状態。他の慢性病もらちが明かない・・・となると、どこかが間違っているという事。
2. 生命体は1つにまとまっています。あなたも私も、1つの個体として存在しています。しかし、それを分割し分化すると、生命体の全体と本質を失います。こんにち、分化された専門医をたくさん集めて総合病院としているが、一度分割し分化した生命体を真に総合するには、血みどろの哲学的闘いを経た哲理を要します。この営為がしかし、現在の総合病院にあるとは思われない。余計な苦労をせずに「あいまいな今の総合」のやり方の方が金になるのだから。病気の単品扱いの対処療法の方が金になる。

私共は、1つの生命体をそのままに全体的に受け止め、向き合い、全体の健康・生命の発露に向かっています。
3. ただし、1つの生命体は、本当は1つではなく、永遠無限の宇宙です。「一人のあなたが永遠無限の宇宙であり、永遠無限の宇宙があなたなのです」。この事は、数学的にも証明出来ます。まず、毛細血管を含めたあなたの血管の長さはどれ位だと思いますか? 何と10万キロメートル、地球2周半に及ぶという。それも見事につながり合っています。
あなた一人の細胞の数は60兆個。それぞれに細胞液を含み、一個の細胞の中に90もの元素が入っている事が判明(放出し易い放射性元素はつかみにくい)。又、あなたの先祖は何人でしょうか? 2. 4. 8. 16・・で、20代前の先祖の合計が100万人を越え、30代前の合計は何と10億人を越える。1代20年とすると、30×20で、わずか600年の間に10億人のご先祖さんがいて、あなたと私がいて、今のこの場(スマホかパソコン)で出会っているのです! 日本国の歴史を2000年とすると約 100代で、その先祖の数は2の100乗で通常のパソコンでは出てこない天文学的数字になります。(弥生、縄文時代を計算すると更に大変!)。
この計算はむろん、未来にも言えます。

つまり、あなたの子供さんの数が、将来30代で10億人につながっている事を示しています。また、私達の細胞は、無数のウィルスや細菌が取り込まれ進化(変化)したものだという。私達の腸には、100兆個もの細菌が住んでいて食物を分解、消化しているという。となると、私達一人の存在は、単なる1ではなくて、永遠無限の宇宙であるとして間違っていないはず。

禅仏教でいう「一即多、多即一」つまり、「一が多であり、多が一である」です。こうした事を憲法上の自由、権利や財産保有に。政治や教育にも強く全面に打ち出すべきです。日本国憲法に見られる「天賦(てんぷ)の恵」や米国の独立宣言に見られる「神の恵」にも通じます。
4. かっこよく見える手術などの外科的処置は、進歩しているように見えるが、実は分かり易くやり易い。 なぜか? それは、形ある目に見えるものの処置であるからです。人類は視覚の偏重に陥り易い。古代ギリシャの哲人、ソクラテスでさえも五官の中の視覚偏重の思想で、他の4つの器官を置き去りにした結果、ゆがみが生まれました。解剖学の発展による人体の構造的探究は、大事故による処置には有効と思われるが、身近な病気や内科的疾患には疑問です。私達を苦しめている病気の多くは、形ある病気ではありません。ここに大きなギャップがあります。
5. 形あるものの視覚重視の文化の流れがディカルトに流れ、現代のデジタル文化や医療にも流れています。画像診断や数量化された血液検査が良い例。人類の性とも言えましょう。
6. 相手の事物(こと、もの)をそのままに(let it be)ではなく、主体たる自分の前に立て対象化して、観察、分析して分かろうとする関係をM. ブーバーは「我とそれ」ととらえた。近代科学的手法もこれに属する。

相手の事物をそのままに、対象化する以前と以後の場(次元)で相手の事物と真剣に向き合う関係を「我と汝」(私とあなた)としたブーバーの著書に注目したい。
7. 『我と汝』(1923)は、世界の思想界に大きな衝撃を与えた。鈴木大拙の「無分別智」、西田幾多郎の「純粋直感」にも通じる。私共の医療の思想の根幹が、ここにあります。ただし、上記三名の哲人の膨大な本には、医療や医学についての記述は殆ど見かけない。ここに、私共の使命と情熱の原点があります。

深い哲理を単に「一つの思想としてその思想界に留め封じ込めてはダメ」。

深い哲理は、あらゆる文化の礎(いしずえ)になるし、姿を変えて活(い)かされるべきで、そうなるように私達は努力すべきです。
8. 科学!科学!と騒いでいるが、この手法と態度は、世界に対する一つの姿勢であって、全てではありません。科学的知は一つの知であって全ての知ではありません。それも、デカルトからガリレオ、ニュートンの科学は
近代科学であって、科学の全てではありません。

9.「摂取(せっしゅ)医療」について
薬、ワクチン、点滴、輸血等の「取り込む医療」には、事故が必ず発生する。人は、間違いを起こすもの。毎日、多くの病人に薬や点滴や輸血や酸素を注入する作業には、副作用の害、適量の判断ミス、不注意や器具の不具合による事故等がつきもの。

全国的な大型の事故(事件)としては、輸血や予防接種時に於ける同一注射器の回し使いによる集団感染のB型及びC型肝炎等が100万件を超えている。その賠償金の支払いが、現在、3600万円を上限になされている。医療が病気を作ってしまったのです。いわゆる「医原病」です。衛生上の問題だけでなく、ワクチン自体にも問題がある。「けい癌ワクチン」もよい例です。

10. 逆の「排泄医療」には、こうした心配は全くない。医療費も 1 /10、1/100 になる。となると、今の医療産業が成り立たなくなり、反対者が出よう。しかし、医療を飯の種にするのみならず、「取り込む医療」によって暴利をむさぼる手段とするのは、社会と人類の正義に反する事ではないでしょうか? 製薬会社や病院が大繁盛し、国が滅びてよいのでしょうか?現在、日本の1年の国家予算、100兆円を超える財を誇る製薬会社も出現していると言われています。

現在、薬をのみ点滴を受けるだけの入院費用が、月額100万円を越えているのが常態化しているのが怖い。心臓病の月額1000万円超も出ている!健康保険の「高額療養」の手続きをとると、患者の自己負担額が少なくなるという今の仕組みが怖い。本人の実際の本当の経費と国全体の経費に対する意識がなくなり、医療の本質をも失う危険性があります。莫大な医療費を教育や他の健康な産業に回す道がありましょう。

排泄医療とは具体的には、 薬やワクチンを取り込まずに、はり、灸、手当て、電気、吸玉、食事等の療法によって排泄。快食、快眠、快便、快汗、快小便、女性は更に快生理に向かう医療です。これが達成されればよくなっているに決まってます。

11.今の国民皆健康保険制度は昭和 36年にスタートしたが、この目的は、相互扶助によって気軽に誰でも病院に行ける事と医療者の救済の二面性がありました。この医療者の救済は知られていないが、人情や博愛に縛られながら昼夜、身を削って働くかつての医者を保護する目的もあったのです。

貧しい病人はお金を払えないので、カボチャやドジョウ等でお礼をする事も多々ありました。江戸時代、医術を学んだお寺のお坊さんや儒学者が懸命に人民救済の医療にあたっていました。

城主とその家族や上級武士に仕える漢方医はごく一部であった。例えば森鴎外の父は「御典医」として 津和野藩(現:島根県)に仕え、恵まれていた。又、金持ち商人に仕える漢方医もごく一部であって、多くの漢方医が貧しさと闘っていました。

江戸時代にはこんにちのような国家的医療制度がなく、医師の身分も低く、「士農工商」の「工」でした( 大貫恵美子『日本人の病気観』岩波書店1985)。

「国民皆保険制度」には、以上のような貧しく、社会的地位も低い医師の保護がありました。道理に叶った制度と思います。

しかしながら、今の日本の健康保険制度は、問題だらけです。今の日本のこの制度が、「世界に誇るべきものであるとする主張」も問題。国を滅ぼしかねない恐ろしい制度になっています。根本問題は、「摂取医療」を基盤にしている事。しかも、治さずに長く診療して投薬させた方が製薬会社や病院の収益が上がる、もうかるという仕組みになっているのが変なんです。

こんにち、医師による現代医療批判の本や雑誌がたくさん出ているが、日本の国民健康皆保険制度問題についての本は、意外と少ない。どんどん出して欲しいものです。大手マスコミはスポンサーの抑圧が強く、あてにならない。

過去の先人の願いと努力を謙虚に受け止め、感謝しながらも、よりよいものに改善していこうとする気概と使命を持ちたいものです。私の病理観についての更なる探究は→「根源的関係の病理観と空の医療」をご覧下さい。

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白光治療院は完全予約制となっています。 当日でも空きがある場合があります。お問合せください。 休診日 火曜日(土日、祝日営業しています) 時間 9時~20時(最終受付 18時) 電話0241-27-8284
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