近年の深刻な心の病に「そううつ病」がある。
当院では、数回の治療によって改善しています。完治した方もいます。

※ そう病は、はしゃぎ過ぎ、自身過剰、節度を欠き、多弁、多動、怒りっぽい。 落ち着きがなく事を急ぐが、やりっぱなしでまとまらない。 極端な行動に出る事がある。 周囲に迷惑が及ぶ事が出て来る。

※ うつ病は、気分が落ち込み、寝込む、ひきこもる。 自信喪失、悲哀、苦悶、絶望感におそわれて、自殺するケースもある。 そうとうつが、単独に強く表れる人と、交互に表れる人がいる。 日本ではうつ病が多いので、論述がうつ病に傾くと思います。

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(1)いずれも、心のやまいと言われているが、問題がある。
心と体は、本来一体であり、絶対に別にはできないものである。 治療は、こころの問題を踏まえつつ、からだから入った方が治りがずっと良い。 からだがよくなり、エネルギーが充足すると、いろんな問題にぶつかっていく元気と勇気が湧いてくる。 これを支援する。 何の問題もストレスもない人は、この世に誰もいない。 生きている限り、常に何らかの問題をかかえながら生きているものである。 よって、このアプローチ(接近、方法)が適切と考えます。

   逆の、こころから入るアプローチは、遠回りでおおげさになり、大変。 医師や心理療法士の指導の下、職場や、家庭や、学校(こどもの場合)、場合によっては、保健所、警察、裁判所、その他、関係する多くの機関の支援が必要になる事がある。 時には、これらの機関自体に問題があり、その改善が必要な場合も出てくる。 となると、なかなかラチが明かない。

   無論、問題によっては、いろんな機関の支援が必要な場合があるが、基本は、そうやうつに苦しむ当人が、元気はつらつになる事である。 主体は本人であり、周囲の人々(我々)は、支援者である。 本人が乗り越えていかねばならないのである。 でないと、いくら支援しても追いつかなくなる。 甘えが増大し、事態が悪化する事もある。 こころの病名をつける前に、からだをよくする事が大事で、根本からの真の解決には、からだの健康が不可欠です。

(2)からだのS,O,Sを見逃し易い。
生活苦、家庭や学校や職場でのプレッシャーやストレスは、心身に影響し、心身や行動の異常を引き起こす事がある。 多くのばあい、行動の異常には気づくが、からだの疲れや異常には気づかない。 それで、こころの病気であると、本人も、周囲の人も判断し易い傾向がある。

(3)からだの疲れや異常を知らせる 「信号機のマヒ」 がある。
からだの異常を自覚できる自覚症状が、ある人はよいが、ない人が多いのが実情であり、問題です。 そう・うつ病といった、こころの病気の根源には、必ずからだの異常があります。 

   ところが、夢中になってきつい仕事をしたり、介護にあたったりという状態が長く続くと、少しずつたまったからだの疲れが感じなくなっている場合が多いのです。 それで、「からだは問題ない。職場や家庭の問題だ。 会社が、夫が、妻が、しゅうとが、子供が。 しまいには、社会が」 と切り出すのです。

   話を伺うと、確かに、職場や家庭に問題があるようです。 しかし、からだの疲れや異常を感じる人は少なく、指摘されても認めたがらない人が多いのです。 身体に異常を感じず、病院で 「うつ病」 と診断されたので 「こころの病気である」、と強く思い込んでいる人もいます。

  「うつ病」 と診断された方で、「心身ともに疲れた」 と訴える方も、職場や家庭の問題は理路整然と話せても、からだの疲れや異常を明確に話せる人は、意外と少ない。 全身的疲労によって、自分のからだの疲れや異常を知らせてくれる「信号機」がマヒしているか、故障しているために、訳が分からなくなっているのです。

   一番分かり易いものに「肩こり」がある。 近年、肩こりの自覚がまったくない人が多い。 「私は肩こりがまったくない」 という人の多くが、実は、こっているのです。 私が、勘どころをちょっとつまむと、痛みで飛び上がるので、すぐに分かります。 信号機がマヒ、あるいは故障しているので、自分のからだとの対話が出来なくなっているのです。 (中には自覚症状があっても、無視して症状が悪化、死亡する人がいるが、これは話が少し別)。

(4)「まじめな人、几帳面な人がうつ病になり易い」 という指摘をよく聞くが、それはそうでしょう。 しかし、問題は「ではどうすればよいのか?」 である。 適当に、ほどほどに対処すればよい、という事でしょうが、もの足りない。 むろん、限度を超えたムリはよくないが、まじめで几帳面である事は、立派な徳であり、称賛すべき事です。 大事なのは、自分のからだとの対話と対処です。 自分のからだとよく語らい、よく対処する事です。 そうじ、洗濯、散歩やサウナもよいでしょう。

   まじめな人、几帳面な人は、緊張感が強くなりがちです。 ですから、内臓、筋肉、肩が特にこります。 中には、極度の疲労が蓄積して、年老いた象か、乾ききった革製品のような筋肉の方もいます。 脳卒中にも、心筋梗塞にも、そうにも、うつにもなって当然です。

   自力による解決が基本ではあるが、ストレス社会といわれるこんにち、「疲れるのは当然」 と自覚し、自然で効果のあるいい治療を、月に1,2度受ける事をおすすめします。 ムリを重ねている時は、とりわけ大事な事です。 自然で効果のあるいい治療にめぐり合えるかどうか? これは、縁であり、出会いです。 信頼のできる人に相談するのが一番でしょう。

(5)元来、からだが弱い人はむろんの事、からだが強く丈夫な人は特に要注意。
特に、からだが丈夫な人は、そうやうつの病気の根本に、からだの疲れや異常がある事に気づいていない場合が多い。 

   専門家も見落とし易い。 元来、丈夫な人は、ムリが効きます。 それで、本人も周囲の人も、まだいける、まだいける、という感じになり、知らず知らずの間に追い込まれ、疲労が極限に達して、パンクです。この時、そう・うつ病という診断が下された方や家族は、ショックでしょうが、ラッキーです。

   そう病やうつ病と言う病名には問題があるが、しかし、とにかく、ストップがかかったのです。 休む事、そして、それまでの生活を見直すいい機会が与えられたのです。 この点ではラッキーです。 でないと、そのまま突っ走り、心臓が止まるか、首をくくるかになりがちです。

(6)しかし、現代科学の検査には出ないからだの異常が、たくさんある。現代の科学的医療の検査は、重要である。しかし、もれる病気がたくさんあり、「ざるすくい」、「網すくい」の検査である事が大問題です。 

   高価な高度先進医療機器によって、全ての病気がつかめるように思いがちで、多くの皆さんがそう思っているでしょうが錯覚です。

   我々の最も身近な病気である神経痛や耳鳴り、肩こり、五十肩は、殆どつかめません。 頭や内臓も同じです。 あらゆる検査を受けても異常が見つからず、何年も何十年も体調不良や頭痛に苦しんでいる人が、たくさんいるのです。 胸や背中の痛みやつかえや重苦しさも同じです。 鼻づまりやのどのつかえもです。耳鳴りや難聴やめまいもです。 (交通)事故の後遺症も検査に出ない事が多い。

   つわり、どもり、しゃっくりも、原因不明で、現代医学ではお手上げです。 高血圧症は、血圧計という素晴らしい器具のおかげで簡単に測定出来るようになったが、治療はこころもとない。 現代医療では、降圧剤が主流だが、多くの場合、生涯、のみ続けねばならない藥であり、根本改善にはなっていない。 (上記の病気、症状は、当院では数回治療で、ほぼ全て完治しています)。

   ここに掲げた症例は一部ですが、これらの病気や症状が未解決の状態が長く続くと、生活や仕事や人間関係の問題につまずき易くなる事は、充分に考えられる。 うつ病の場合、生活や仕事や人間関係の問題に対して、適切に、エネルギッシュに対処できなくなる。 問題がこじれ、更に落ち込む事になる。 そう病の場合は、状況を無視して突っ走る傾向が出る。

   そして、からだの疲れや異常に気づかずに、生活や仕事や人間関係を強調するようになるのです。すると、とかく、ストレスやこころが強調されがちになり、そう・うつ病等のこころの病気と診断されがちになり、そう・うつ病などの精神疾患が、いっそう増える事になります。これは不幸です。

   こころや行動の異常には、からだの疲労と異常が必ずある。 精神病名をつける前に、からだの慢性疲労をとり、からだの異常を根本的に治すべきです。 ここでのからだには、頭も含みます。 ただし、頭だけの治療ではダメ。 頭も頭だけでは出来ていません。 あくまで、全体的治療が必要です。 これができればこころも元気に正常になる。 いろんな問題にも、積極的にぶつかっていけるようになり、おおかた克服していくものです。 この事を強く訴えたい。

(7)藥物療法では、根本治療にはならない。
からだの異常をつかんでも、薬物療法では、根本の治療にはなりません。 
薬物は、短期間の服用はよいが、長期間はおすすめできません。 長期にわたって藥をのみ続けねばならないという事は、治っていないという事であり、真の健康とは言えません。

   そう病やうつ病の人のからだの慢性疲労や問題を、根本から取り除く事をせずに、「抗うつ剤」や「安定剤」でこれらの病気を治そうとするのは、間(ま)を違いており、不自然です。 こころとからだの真の健康は、一生望めません。

   また、そう・うつ病という 「こころの病のレッテル」 をはられた当人と家族の困惑と苦悩には、大変なものがある。 かげぐちなどの陰湿ないじめや、社会的プレッシャーもあり得る。 こうした状況が、多くの人々をいっそう苦しめている。

~          ~         ~             そう・うつ病について、まとめると(A)心身は一体であり、分離できない

(B)しかし、こころやストレスが強調されがちで、からだの丈夫な人ほど自覚症状が少ないので要注意。 からだの異常を知らせる「信号機」がトラブッテいる事が多いのです。

(C)身体の異常の殆どが、現代の科学的医療検査では出てこないもの。出て来るのは、大きいもの、形になったものである。血液検査も万能ではない。例えば、”冷え”は出ない。 C型肝炎が発見されたのは、わずか20年前です。それまではつかめずに感染が広まったのです。輸血も感染源になった。

(D)身体の問題は、薬物療法(抗うつ剤と安定剤)だけでは解決できない

(E)心やストレスの問題を踏まえながらも、身体に必ず問題があるので、身体の異常を見つけて治療し身体を良くする。 ただし、自然で根本治療である事。 身体がよくなると、元気が出てきて、心も強まる。 さまざまな問題にぶつかっていける。 そして克服していくのである

(F)そもそも精神(こころ)とは何か? そう・うつ病を精神の病(やまい)と見なしているが、その精神、心とは何か? 一般にこれ自体あいまいです。心とは、相手の人や事物、即ち、事や物に対する応答です。精神とは、向き合う相手を通して、貫いて、ある絶対性に向かう応答の全人的エネルギーです。 そう病は、独断で突っ走る傾向が強く出て、うつ病は、エネルギー不足で応答できにくい状態です。

   そう病は、間の取り方に問題があり、うつ病は、元気不足です。 私見では、双方とも、からだに重大な問題があります。 これを治せばよいのです。 からだが健康になると、人やものごとに適切にぶつかっていけるものです。 この、人やものごとに適切にぶつかる事、これが精神です。 これが、エネルギッシュで適切であれば、OKなのです。 極めて単純明快な事なのです。

~         ~         以上、上記の(E)(F)が理想的で、当院で実践。

   こんにちの世間の常識的治療には(A)~(D)に問題があるので、迷路に入り込む。 こんにち、多くの人が迷路に入り、迷子になっています。 (E) の 「身体の異常を見つけて治療し」 の異常を見つける方法は、当院にはいろいろあります。 現代科学的医療検査とは、まったく異なるものです。 根本治療は、症状によって変えます。 毎日寝込んでいた方が、数回の治療で元気はつらつになり、職場復帰した方がたくさんいます。 よくなると、動作が軽やかになり、表情が生き生きします。 顔のつやがよくなり、眼球が澄んできます。 声にも張りが出ます。

   信号機がトラブリ、からだの異常を知らす自覚症状がない。 自覚症状があって、病院で検査を受けても異常が見つからず、うつ病と診断されて 「抗うつ剤」 や 「安定剤」 を飲み続ける。 めまいがする、頭痛がする、胃がもたつき痛む、その都度、藥が増える。

   こうして、何年も何十年も過ごす。 心身ともに本当にさわやかな日々を体験しないままに、一生を閉じる。 家族もへとへとに疲れ果てる。 これは大変不幸なことです。 不幸の鎖(くさり)は、賢明にすばやく断ち切りたいものです。

  うつ病については他にも→ 「適応症」の末尾、「理念。根源的関係の病理観と空の医療の後編」

   統合失調症、離人症(りじんしょう;他人との間にいつもカーテンがかかっているようで苦しむ)、その他の心のやまいも同じく、身体から入る治療がずっと治りがよいです。 ポイントが変わりますが。

   統合失調症も、当院では数回勝負です。 第一ステップは、幻視、幻覚、幻聴が完全になくなる事。 第二ステップは、仕事を持ち、安定して自立して生きていける事です。 この第一ステップが問題で、当院では数回勝負です。 


「天統法典」~韓国時代劇「テ、ジョヨン」より~

   ぼっ海国を治める法文をここに発表する。年号からとって、この法文を「天統法典」とする。後世(こうせい)まで国の根幹とするように。この国は、高句麗の領土にその民が建てた国である。ここを生地とする人々は、ヘフルやクワム王、そして東明聖王を祖先とするゆえ、出身に関係なく全員がぼっ海の民である。民の間に差はなく、貴賎の別は無意味である。誰でも身を立て、名をあげる機会を与えられるべきである。

   地より低い者はなく、天より高い者もいない。善を行えばほうびを、悪を行えば罰を受け、狡猾に罰を隠した者には、更に重い罰が加えられる。民たちは大地を尊び、天を敬うように。役人になった者は、民を地のように尊び、法典を天のごとく敬うように。国王は、その全てを尊び敬わねばならぬゆえ、最も貴く、かつ最も低い地位であると心得よ。

   百姓はひと粒の米を惜しみ、兵は武器の手入れを怠るな。あらゆる獣や家畜をむやみに殺さず、命を大切に扱うように。国の富強と民の安全を願い、以上のように法文を定める。各部署で、この法典に準じた細かい法律を定め、それを遂行せよ。 以上


✳「ぼっ海国」とは? 900年近く独立を守り続けた稀有なる高句麗が、唐によって滅ぼされた30年後に新たに建国した国。DVD「テ、ジョヨン」は、この30年の苦難の物語。現在の延辺朝鮮族自治州の付近。祖国、高句麗よりも4倍大きな大帝国でした。東方の光、ぼっ海はアジア民族の誇りであり、日本にも多大な影響を与えた忘れてはならない歴史と文化を持つ偉大な国でした。

✳高句麗滅亡の直前に高句麗から日本に派遣された1000人の使節団が、高句麗滅亡によって帰れなくなり、埼玉県のこま郡(熊谷市)に永住し、使節団の頭領の60代の子孫が、現在の某神社の神主であるという。地元には、研究グループがあり、年一度のイベント(祭り)が行われているという。詳しい方、お知らせ下さい。また「テ、ジョヨン」のファンの方、交流願います。

✳「テ、ジョヨン」や「天統法典」は、医療には無関係に見えます。しかし、第一に、医療には、理想国家を目指すスケールと気概が求められてあります。医療抜きの国家はあり得ません。第二に、人間が病気に成り、回復して健康に成る。あるいは死に至る。そのメカニズムには、理想国家形成につながるものがある、と私共みています。

   医療人の理想として、日本映画の「赤ひげ」が時に持ち出されていますが、思想的には陳腐で深みに欠けます。また、「赤ひげみたいな先生がいたらいいのに」といった要望をする患者さんがいますが、曖昧で漠然とした願望で、そうした事を言う患者さんほど真剣さがなくデタラメです。「相手に願う事は、同時に自分も願われてある」のです。

医療に関する韓国時代劇として、「チャングムの誓い」は、「恨(はん)」の「恨み晴らし」が根強く、残念。「ホ、ジュン」は、17c始めに実在した医師で、世界遺産になった「東医宝鑑」の編纂に命を賭け「心医」と敬われた。原作は同じでスタッフが異なる二種類のDVD有り。「馬医」は、元は「馬の医師」が「ひとの医師」になっていく物語で興味深い。

野口英世は、病理観の深みの点では問題外。西洋病理学の結果と断片の細菌研究者にすぎない。虚構も多い。現在、千円札の顔になっているが、金目当ての婚約とその破棄、借金の踏み倒し、、人間的にも恥ずかしい。千円札は小泉元首相の意向が働いたようだが。私は、二宮尊徳を推したい。尊徳は、50もの村落を救ったという。この救いには、彼の深い思想的裏付があった事に注目、強調したい。TV等では殆ど触れていないが、尊徳は深い哲理を持った大思想家であったのです。

✳この「天統法典」のサイトは、blog「体験談」No2(11)のコメントの文脈に続くものです。何と1300年前に「平等主義」と「民主主義」が、この法典に、今でいう「憲法」に確かにうたわれていたのです❗❗

✳そううつ病の方も癌の方も、様々な病気に苦しんでおられる方も、この「テ、ジョヨン」(DVD全67巻134話)や「天統法典」(134話中の133話)に全身全霊でぶつかる気迫が欲しいものです。