Byakko Oriental Medical Office

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はじめまして

はり師免許証-東京都第15743号、灸師免許証-東京都第15598号。1983年。

  新たな文明の開けを探究しつつ新たな病理観と医学の樹立に賭けています。  同時に、新たな病理観と医学の樹立を探究しながら新たな文明の開けを目指しています。     

私共の営みが、独断と偏見に陥ることなく、しかもクリアーに成るように、E.フッサールの 「現象学」 を武器にして、”自己の絶えざる突破”と ”新たな地平の開け” にいそしんでいます。 特に、「存在論」 と 「認識論」 そして 「時間論」を展開しながら。

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喜多方市白光治療院外観

”医の道”に入って30年、医学と医療の哲学的思想的探求と 「新しい病理觀」 の樹立に、命を張った。 医は、人の苦痛と生死に、直接に関わるものである。 医が、苦痛を除き、生死をさまよっている人を生かす事を目的とする、正にそのゆえか? 

あるいは、こんにちの時代精神の貧しさゆえか? 多くの医が、病気の現象面の表面だけにとらわれがちで、決定的な何かが欠落しているのでは?


 「病気とは何か?」、「病気は、痛みやかゆみはなぜ起こるのか?」、「病気になるとは、あるいは、病気が治るとは、どういう事なのか?」、 「医学と医療をもっと単純明快に出来ないものか?」、「多額のお金をかけずに、安全な根本治療は出来ないものか?」 といった、最も素朴で根源的な問いかけに、深く思いを潜めて 「新しい地平を開かん」 とする探求心を失ってはいないか?

病気についての語りは、この世に、あふれている。それはそれで、意義深いものがある。 しかし、物足りない。  おおかた、浅くて狭い病理観から、抜け出せないでいるためである。 深く探求しているように見えるものも、もの足らなさが残る。 次元(地平)が同じであるからです。

外科的医療は、発達しているようです。 特に事故による傷害の疾患には外科的処置が重要である。 しかし、大がかりな外科的処置が必要とされるのは、通常は、一生の中で1回あるかないかでしょう。 多くは、外科的処置を必要としない病気で苦しみ、とりわけ、慢性疾患は、殆どお手上げの状況にあります。

現実に、私達の最も身近な苦痛であるところの高血圧症、頭痛、肩こり、五十肩、坐骨神経痛、関節炎、腰痛、手足のしびれや冷え、耳鳴り、飛蚊症(ひぶんしょう)、花粉症、皮膚炎、いびき等が、治療を受けても治らずに苦しんでいる人が、ちまたにあふれています。 私共確信を得た・・・・・だからこそなおの事、医の哲学的探求が強く求められてあるのだ、と。

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   医学と哲学の二つの探求は、”茨の道”であった。挫折しながらの探求の旅をつづけて、早、50年。 ようやく、確信を持って、世界に向かって問いかけ、語ることが出来るようになった。

とにもかくにも、この35年、一度も病院にかかったことがなく( 歯だけは数年前にお世話になった)、薬をのんだこともなく、成人病検診もろくに受けていない。 全くその必要がない。 ”還暦” とやらも過ぎたが、健康そのもの。 仕事と学究に励み、百姓の真似事をし、気が向くと執筆にあたっている。 これまで、車の運転も、45年間、無事故で来れた。警察のやっかいになり、くさいメシを食う事もなく来れました。

いやな奴もけっこういたが、自分の言動を振り返ると、恥ずかしさで穴があれば入りたくなる事も、けっこうある。 そんな私をかわいがり世話をする人が、いつも必ずおられたし、慕ってこられる人もいた。感謝である。 いったいどうすればよいのか、分からなくなる時がある。 ちっとずつちっとずつ、謝罪と恩返しの真似事が出来れば、と自分を慰めています。

中には、何の報酬も求めずに、骨肉をふりしぼって私に智恵を与えてくださった稀有(けう)なる人物もおられた。 元教師で「美しい世界」に強い憧れを持ち、作詞作曲をされ、10人もの里子を世話したロマンチストであった。15歳から、自分が、人生が、何も見えなくなり、全てが 「?」 であった私共に、時々、夜の12時頃まで真剣にお付き合い頂いた。

先生がよく言っておられた。 「教育とは、血と肉を与える事だ」。 「神様は、見込みのある者に多くの試練を与える」。 「真理はこわいものだ」。 日本のナイチンゲールと讃えられている瓜生岩子(1829~1897。会津出身)を尊敬され、「岩子女史の銅像の前に立つと、いつも頭が下がる」と熱っぽく語っておられた。 「先覚者は、孤独なものだ」 と、芭蕉の句を詠(よ)まれたこともあった。”この道や ゆく人なしに秋の暮れ”
圧巻は、 『我と汝(われとなんじ)』(M.ブーバー) と 『宗教とは何か』(西谷啓治、創文社) との出会いであった。 私が持ち込んだ2冊の本に先生は惚れ込み、これらの本を通しての語らいが延々と続いた。  ある朝、突然、私の15年間のモヤモヤが吹っ飛んだ。 喜び勇んで先生のもとへ駆けつけ、「私の開け」を語り、間違っていないかどうかの確認を求めた。先生は、笑みを浮かべて肯(うなず)かれた。 30歳の春の事でした。

その秋に、先生は他界した。15年お世話になった。先生の私への最期のことば、それが・・・”世界をリードする大思想家になってほしい” であった!!   穴があれば入りたかった。35年前の出来ぬです。     青春時代の忘れがたい師であり、哲人であった。

今もたまに夢をみる。先生のご自宅で、先生の末期の身体を私が治療している夢である。「先生はとうの昔に亡くなられたはず。変だなあ?」と思いながらも治療している夢である。当時の私は、東洋医学の専門学校に入る前で、先生のつらい胸の痛みに対して、指圧となでるぐらいしか出来なかった残念のゆえと思われる・・「今だったら良くなる治療が出来るのに」と思いながらも治療している、ちぐはぐな夢である。

医の道に入るきっかけになった重要な人物に、横須賀にお住まいのW氏がおられる。ブーバーのファンであり、おもしろい鍼灸師である。カトリックの敬虔な信徒だが、一般に見られる「私はクリスチャンよ」といった感じが全くなく、精神世界の探究の旅にその生涯を捧げ、さりげなくユウーモラスに生き、仕事に当っている姿に”妙”がある。こんにちの神無き支離滅裂な時代にあって、この御仁(ごじん:おひと)こそ”あなた”と共に生き抜いておられる、類い稀なる哲人である。

思うに、中学、高校、大学のそれぞれにおいて、格別に可愛がってくださった先生がおられたことに、今さらながら頭が下がる。ほかにも、多くの方々にお世話になって、今の自分がいる。修行時代も、開業後にもたくさんの方々の顔が思い出される。中には、当院の16畳の治療室を汗まみれになって掃除されたご仁がいた。当院へ通じるでこぼこ道を、手でもって石を敷き詰めて平らにされた親子もいた。充分なお礼ができただろうか・・自分のいたらなさとふがいなさに怒りを覚える。

会津の辺ぴな、たぬきやくまが出る磐梯の山麓に、それぞれの苦悩をかかえてやって来られる、人がいる。 この世の業(ごう:カルパ;どうにもならない苦悩 )を背負い、助けを求めて来られる、人がいる。 私が手がけることによって、新たな業が生まれると知りつつも、その業に分け入り、はまっていくこともある。 業には、おそろしさと共に、離れがたい魅力と美がある。 私を「山の先生」と呼び、心から信頼し、助けを求めて来られる人がいる。  だから、放浪の旅が出来ないでいる。

日本に於ける、殆ど全ての病気をたった一人で手がけ、ほとんどの方が、治療後には、すっきりさっぱり、別人のように成る。 高血圧も1回ごとに下がり、老人性難聴、耳鳴り、つわり、さかご、どもり、しやっくりも1回治療で改善する。100もの病気と、数回勝負である。 殆どの病気が、数回の治療によって完治か改善に向かう。

むずかしい病気も、数回の治療によって改善すればしめたもの、いずれ完治する。 はじめの数回の治療によって改善しないものは、残念ながら、ダメだ。 ダメな病気はしかし、そんなに多くはない。 なぜ、こんなことが出来るのか?



ゲーテさん(1749-1832)が珠玉(しゅぎょく)のことばを放った

”瞬間よ、止まれ!  御身(おんみ)は、あまりにまぶしすぎる!”

瞬間はしかし、止まることはない。 止まらないから瞬間がある。 もし、瞬間が止まったならば、万物が死滅する。 あなたも私も、瞬間が止まったその瞬間に、息の根が止まり死滅する。 瞬間はしかも、永遠に通じている。 ”永遠”といえども、瞬間のない永遠は有り得ない。

永遠は、遙か彼方(かなた)のものではない。 永遠は瞬間に切り込まれて在り、瞬間は永遠につながる窓である。 永遠が瞬間であり、瞬間が永遠なのである。 更に、今のあなたが、永遠であって瞬間であり、瞬間であって永遠なのです。


瞬間で永遠なる存在であるあなたと私が、 「今のこの場」 で出会う。 すさまじいエネルギーがぶつかり会う。 暗黒の世界に迷い込んで、何も見えなくなる時がある。  沈黙に襲われる。 

しかし、おおかた、数分後には、”かすかな光”が見えて来る。 このかすかな光が、確かな光に成るように全力を尽くす。

こうした、「永遠の今の瞬間」 に賭ける医療によって、新たな地平が開かれて来る。 だから、100もの疾患を一切の薬を使わず、検査器具は血圧計だけで、自信を持って手がける事が出来るのです。
ゲーテさんがまた、珠玉のことばを放った・・・”永(なが)き夜を、ベットで泣き明かした者でなければ、「大(おお)いなるもの」 を知ることが出来ない。”

しかし、ベットで泣き明かした人が皆、大いなるものをしることが出来るわけではない。 ここでの”しる”は、単なる”知る”ではない。”識(し)る”に近い”認識である。 全身全霊をかけた全人的認識である。 単に、「貧しくて、人に侮辱されて、あるいは人に負けて悔しくて泣きはらす」、では絶対に識る事は出来ない。

なぜなら、そうした次元の悔し涙は、真に生きている事に、真の存在のありように、全く無関係であるからである。しかし、貧しくて、人に侮辱されて、あるいは人に負けて泣きはらすといった事が、生きている事の存在の深い次元に到達すれば、その人は、”大いなるもの”を識る事が出来る。大いなるものはしかし、遙かかなたの特別なものではなく、本当は、我々の身の回りに満ちている。 我々が、気付かないでいるだけだ。 瞬間が永遠であり、あなたが永遠であることを識る時、同じこの世が、全く新しく見えて自己に迫って来る。

日々の日常生活のささいな出来事、出会い、一滴の水、一本の大根も大いなるものとしてあなたに迫って来ます。 こうした驚きの出会いと営みのない生活は、そして、政治、経済、教育、農業、医療等の全てがダメに成る。 本質的、根源的に堕落する。

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人は私に言う・・「先生は、仙人だ。 神様だ。 水戸黄門様だ。 いや、宇宙人だ」 と。 また、ある人は言う・・「先生の仕事は、ノーベル賞ものだ」  と。

「仙人だ、神様だ、黄門様だ、宇宙人だ」 と言われても、この先生には、しかし、ちっとも”貫禄”がない。 恥じらいと複雑さが入り混じって困惑している。  ノーベル賞ものだ、と言われても、誰もくれない。 いったい、どうしたものでしょう?

特に、”神様” は、深刻です。 この世で、神様ほど頼りにされ、もてはやされ、そして、ないがしろにされたものは、ほかにないでしょう!



F.ニェーチェの130年前の 「神は死んだ。我々が殺したのだ」 の叫びが重い。神を失った我々は、いったい、何に向かって、どこへ行こうとしているのか? 

政治、経済、教育、医療、農業、そして我々の生活は、絶対的超越性なしに築けるものなのか?

この事を、まったく問題にしていない日本の政治は、経済は、教育は、医療、農業は、我々の人生は、どこへ行くのか?  神なしに豊かさを築いた我々は、実は、いっそう貧しくなったのではないか? 我々の欲望には果てがなく、ついには地球を生産工場にしてしまい、自然との優しい触れ合いを失い、地球を傷(いた)めつけたのではないか?

神を抹殺し、あるいは忘れ、無限の自由を勝ちとった我々は、その自由の重みにあえいではいないか? 行き場を失いオロオロし、自己矛盾と自己否定に陥っているのではあるまいか? 神と共に生き、神と共に死ぬ事が出来れば、これ以上の幸せはないとも思う。 我々の多くがしかし、神信仰を持てなくなっている。 仏の信仰とて同じでしょう。
神仏信仰は持てない。が、空しい。 拠り所が欲しい。 神仏信仰に代わるものはないものか? これがなかなか見つからない。 ”いやし”や ”カルチャー” が大はやりだが、どれもこれもうすっぺらで真の拠り所にはなりそうにない。

占いは、多くが人の欲望の実現や安全を目指すもので、真の人間の深い有り様(ありよう)を示すものは希(まれ)です。 結局は宙ぶらりんのままに、宙ぶらりんに毎日を過ごしている。 やがて、哀れな死がおとずれる・・ 自分の一生は何だったのか?
近年、とんでもない事件が続いています。
当院にも、治りたいんだか治りたくないんだか、生きているんだかいないんだか、訳が分からないヒトが増えています。 苦痛を訴えるだけ訴えて、次の予約をすっぽかす。 50,60過ぎのヒトも。・・・・不景気だ、地域崩壊だ、うつ病だ、自殺者が毎日100人出ている、とさわがれているが、”人”や ”人間”が、崩壊しているのでは? 異常天候もさわがれているが、異常人間が増えているのでは?

若いアンチャンはしょうがないとしても、50、60にもなって、下らん事件を起こしてつかまっている報道がしょっちゅうです。 もうちょっと、まともな事件を起こせないものか? 正義を貫く事件とはいかなくとも、せめて、心がなごむ事件を起こせないものか? ある教授の話によると、近年、少年非行よりも老人非行が増えているという。 若い人を導き育てていくのが、知恵袋としての老人の役割であり、使命ではなかったのか?

裁判になると、皆こぞって、罪の裁きの軽減を求める。 裁判の判決よりも重い刑罰を求める真面目人間はいないものか? 真の面目に達し、敢然(かんぜん)と人の間に生き抜かんとする ”人間”はいないものでしょうか?



「神なくして、私達は健やかに生きていけるのか? 社会は、どうなるのか?」
これは、カントとドストエフスキーの大きなテーマであった。 こんにちの我々にも、鋭く突きつけられてある深刻なテーマでしょう。 

何とも空しい空虚感が日本全土をおおっている。 真綿で首がしめつけられるような圧迫感がある・・・真に健(すこ)やかな心身の有り様についての探求は、果てしなく続く。

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やがて時が満ちたなら、東南アジアに行って、HIVと結核の治療にあたるつもりです。双方とも一切の薬を使わずに、何の検査器具もなしに、おおよそ3ヶ月で完治するものと確信しています。安価で早く安全にそして根本的に。 

ただし、今は動けません。 現在の当地での責任があります。 後継ぎである息子がちゃんと後継ぎが出来るようになってからです。 でないと、どこへ行っても、後ろ髪が引かれて、いい仕事が出来ません。

私共が20数年前から提唱してきた、「根源的関係の病理観と空(くう)の医療」 が、ホンモノである事を実証するためにです。 また、来たるべき 「新しい間の文明」 の古くて新しい軸(じく)を打ち立てるためにです。 ある人は、”たわごとやドンキホーテ” とお思いでしょう。

私にとってはしかし、当然の事なのです。 なぜならば、私共の医療は、天の摂理に最もかなっているからです。 私達がとかく見失いがちな、”最も単純な驚くべき秘跡(ひせき;秘め事)”を示したいのです。

ただし、遊びながらです。天空に遊びながらです。 それは、私共が人間で有る事に気付く事、そして人間に成る事によって可能と成ります。ごく自然に可能なのです。  →「適応症」

                                           

I. カント   (独、1724~1804)

F . ニーチェ ( 独. 1844~1900 )

E . フッサール(独・1859~1938)の現象学とは?

・・・・既成のあらゆる判断、結論を保留にする。 排除するのではなく、保留にして、吟味していく。 あらゆる判断と結論を、いわば(   )でくくり、この(   )の中身をとことん吟味検討していく学である。

しかし、ある固定した体系化された学ではなく、むしろ、私共に課せられた愚鈍(ぐどん)で厳しい訓練、行(ぎょう)として精進することが、妥当であり、フッサールの真意にかなっているかもしれない。 眼識が研ぎ澄まされ、真理の探究に、有力な武器になる。 フッサールの現象学は、M.ハイデガーを始め今も多くの哲人に深い影響を与えている。

M.ブーバーの 『我と汝(われとなんじ)』 にも多大の影響が見られる。 『我と汝』における、人のありようを 「我と汝」と 「我とそれ」 の二つの関係に分けてとらえ、思索を深めたその眼識と営為(えいい)は見事である。

長いヨーロッパの歴史と文化において、ずっと見過ごされてきた 「相互依存の関係」 を強烈に明快に打ち出した不朽(ふきゅう)の名著である。 仏教に通じているところがある。 仏教に欠けがちな力強さと切れもある。     2010、4、1

白光治療院情報

白光治療院は完全予約制となっています。 当日でも空きがある場合があります。お問合せください。 休診日 火曜日(土日、祝日営業しています) 時間 9時~20時(最終受付 18時) 電話0241-27-8284
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